沖さやか(山崎 紗也夏)の「マイナス」がすごすぎて眠れなくなった

タイトルの通りです。育児とは全く関係がないのですが、Kindleで沖さやかの漫画「マイナス」を読み、面白すぎて昨夜眠れなくなりました。

これはすごい漫画だ!と思い考察を探しても、古い作品のせいかなかなか見つからない…。


ならば!


ということで、今回は自分の備忘録としてまとめたいと思います。

ちなみにネタバレ満載ですのでご注意下さい。

漫画「マイナス」について

作者:沖 さやか(山﨑 紗也夏)

発行年:1996~

主観的あらすじ:主人公・恩田さゆりは新任高校教師。幼少児に父から暴行を受け、それがトラウマとなり極端に「人に嫌われること」を恐れるようになる。

人に嫌われないために彼女はどんな手も使い、一時は成功するものの状況は徐々に破綻していく…。

「毒親」ジャンルの先駆け

現在では大ブームの「毒親」ジャンル。

あらすじで書いた通り、主人公は父親からの暴力をきっかけに人として破綻していき、衝撃のラストを迎えます。

ラストに関しては後程詳しく書きますが、父親との関係がキーワード。まさにこの作品は毒親ジャンルの先駆けとも言えると思います。

「マイナス」の好きな所

破滅型の主人公キャラの魅力

「魅力」というと語弊があるかもしれませんが、少なくとも私はこの主人公・恩田さゆりから目が離せませんでした。

大変美人でスタイルもいいのにふとした拍子に(きっ、嫌われる…!!)と被害妄想で怯えたり、そうでないと分かると次の瞬間には(よかったあ~~~!)と安堵する。

その一方で、相手が自分への好意を持っていると分かると突然支配的になり、それまでの媚びへつらう態度は一変する。

さゆりの対人関係の捉え方はあまりにも極端なのでキャラがぶれているようにも見えるのですが、その実は一貫して自分本意で幼稚。

作品全体のジェットコースターのようなスピード感と面白さは、さゆりのこの急転直下の心の動きにあるのです。

心理描写がリアルすぎる

主人公のさゆりを含め、主要登場人物の心理描写が非常にリアル。

私がこの作者を知ったのは「シマシマ」(全巻揃えた)からだったのですが、基本的に山﨑作品は心理描写が丁寧です。キャラに血肉が通ってる。

さゆりは主人公としては突飛なキャラですが、その心理描写のお陰で全く共感できないわけではない。ただのサイコパスではなく、その行動には説得力があります。

人として越えてはいけない一線も越えてしまうけど、終盤で完全に追い込まれてしまうさゆりの姿には哀れみすら感じました。

また、さゆりに陥れられてしまう主要キャラの嫌な面もやけにリアル…。

例えば最初の被害者である優等生がさゆりと関係を持った後、周囲の同級生に対して優越感を持つシーン。
10代らしい自意識の肥大化や性への興味が生々しくて、顛末としては可哀想なのですが読みごたえがありました。
その他も呪いが趣味のJKなど、癖の強い登場人物が多くて妙に共感できる。

古き良き(?)90年代の風俗

個人的に好きなのが、作品中を流れる90年代の空気!

おばちゃんの青春どストライクの時期なのですよ…。

彼氏をねとられてさゆりに詰め寄る不良娘3人組はまんま当時のコギャルファッション。中村の部屋にあるDVDは「ガキの使いやあらへんで」。そもそも中村のキャラデザはギャル男だし。

そして、さゆりが生徒たちに取ったアンケート「尊敬する人は?」の答えは、安室奈美恵、松ちゃん、シュワちゃん、イチロー、PUFFYの右…。

懐かしすぎる…!!

90年代の空気に浸りたい人にもおすすめ。

唯一の理解者「中村」

中村はこの作品のヒーロー

今回どうしても語りたかったのが、さゆりの唯一の理解者「中村」君の存在!

中村は初登場時はただのやる気のない不良少年で、殺人を犯したさゆりに興味を持ち味方につきます。 こういうチーマーいたね。

学校のマドンナ西山先生を陥れるための、あまりにも子供じみたさゆりの作戦にも(さすがにこれはねーわ)などと言いながらも犯行に付き合ってあげる中村君いいやつすぎる…。

しかし物語が進むにつれて、彼女に対して単なる興味だけではなく、仄かな恋心や保護者のような庇護の感情など、一言では言い表せない様々な想いを持っているように読み取れました。

中村君萌え!(死語)

中村とさゆりの関係の変化

そんな感じで仲良くやっていた中村とさゆりですが、決裂する出来事が。

さゆりは相手をコントロールするために片っ端から異性と関係を持ちましたが、物語で終盤では中村とは未遂に終わります。しかも中村から拒否される形で。(和田先生のおじいちゃんにも拒否されたけど)

「先生にとっては俺も他のやつらといっしょってことか」

と中村が吐き捨てるこのシーン、大好き!

中村はさゆりのことをちゃんと人として見ていて、面白がりつつも対等な関係であるつもりだったのに、さゆりにとっては唯一心を許していた中村さえいよいよ信じられなくなり肉体でコントロールしようとする。それを見透かされたシーンです。

しかもさゆりは、なぜ中村がこのことに対して怒ったのか分かってないのがなんとも。

結局これをきっかけに最後の砦だった中村さえさゆりは失うことになるのです。

切ない。

賛否両論のラスト

そして賛否両論のラストについて。

このラスト、さゆりが今まで仕出かしたことに比べてあっさりしすぎというレビューも多く確かにそう感じる部分もあるのですが、個人的にはスッキリとまとめた印象です。

子供のさゆりと老いた父親

さゆりの人格破綻は父親の暴力から始まっています。原因である父親と会い、トラウマを消化できたのは自然な流れかと思います。確かに淡々としてますが…。

居場所がなくなり、どうしようもなくなって子供の頃のように父親に叱ってもらい、また従属関係を取り戻そうとするさゆりですが、父は年老い暴力的な存在ではなくなっていた。

ずっと子供時代と変わらず他人の顔色を伺い、幼稚な策略で他人を陥れるさゆりとは違い、周囲の人々は時間の流れと共に老いまたは成長し、心の持ちようが変化している。

加害者である父ですが、特に謝罪せず突き放すという方法で、さゆりは目を覚ますのです。「大人なんだから好きにしなさい」と。

私はこのシーン、非常に残酷に感じました。同時にリアル。

父親としては自分が娘にそれほどのトラウマを与えていたとは思わなかったのでしょう。


私のことを話すと、うちの母とは密接で複雑な関係ですが、幼少期のことでとても恨んでいる出来事があり、勇気を出して伝えたところそんな反応でした。

本人としては今頃そんな事言われても…という感覚なのでしょう。分からないでもないのですが、未だに釈然としませんが。

まあ私の話は置いといて、このさゆりを突き放す父親のやり方は極端ですが、同時にさゆりにようやく「大人としての自由と責任」を与えた行為とも言えます。

そしてこれをきっかけに、さゆりは自分の生き方を考え直すのです。

あえて卒業式で告白した意味

父との再会から自分の罪と向き合い、自殺しようとするさゆり。

実際にしたのかははっきりと描写されず、次のシーンでは卒業式で登場するさゆりが描かれます。

男子たちのおもちゃになってしまい生徒からの信頼も失い、女子生徒に受け入れられるために一重に整形していた顔も元に戻し、ショートカットで現れるさゆり。

これは本来の自分を受け入れたさゆり自身の変化を表していると言えます。

そしてその場で自分の罪を告白し、逮捕されるのでした。


このシーン、王道の演出ですがいいです!

作者がさゆりに、罪の告白を卒業式というイベントで行わせたのは卒業=過去のさゆりへの脱却の隠喩とも言えます。ドラマチックというのもあるでしょうが。

罪を抱え込んで自殺せず、欺いてきた生徒を含む周囲の人々に対して告白をし、謝罪すること。これがさゆりの選んだ初めての「自分の意思」としての選択でした。

これでようやくさゆりは成長できるのです。

一話での謝罪とラストでの謝罪 

ちなみに…さゆりは第一話からこのラストまでひたすら謝り続けています。(途中では横柄になりましたが)

でも、最後の最後でようやくさゆりは他人の顔色を伺うためではなく、今までの自分を清算するために全てをさらけ出して謝罪をするのです。自分のしてきたことを知られたら嫌われてしまうからと、あれだけ必死で隠してきたのに。


そう考えると、ここまで成長できたさゆりが愛しくなりませんか?

私はさゆりに「良く頑張ったね」と声をかけたくなりました!私だけか?

まあ実際に考えたら生徒としてはたまったもんじゃないだろうけど。

そして中村君エンド

それから時間が流れ、刑期を終えたさゆりが向かったのは中村君の職場。

なんと子持ちで会社経営をしているようです。中村君、「昔はヤンチャでなー」とか自分で言うタイプの大人になったのですね。


ここでの中村君の嬉しそうな顔がたまりません!

最後に「頑張れよー!」とさゆりを励ます中村君。そして爽やかに二人は別れるのでした。


それにしても、生徒や保護者、教頭や校長まで手を出して殺人も犯し、放火までしてしまうという教師としてはめちゃくちゃ(というか人として)だったさゆりですが、唯一中村に対しては教師としての務めを果たしたのではないかと思うわけです。

無気力な不良だった中村がさゆりと出会ったことで人生に楽しみを見出だし、卒業式で捨て身の告白をしたさゆりを見て、何かしら思うところがあったはず。

学生時代の中村のままだとまともな社会人になるとは思えないし、卒業式をきっかけにそれなりに努力をしてきたんじゃないでしょうか。

その辺りを想像するとおばちゃんは非常に萌えます(死語)


それにしても、さゆりはなぜ中村に会いに行ったんだろう?

さゆりはさゆりで、意外と中村のことをそれなりに大切に思っていたのかもしれませんね。

読後に感じた素朴な疑問

妹の存在に違和感

と、ここまで非常に楽しんだ「マイナス」ですが…妹の存在はずっと引っ掛かってました。

作中ではさゆりの妹は、ごくごく普通の今時の若い女子という描写しかなく、さゆりのように父親から暴力を受けていた感じはしないし、物語的に特に重要な動きもしていない印象でした。

さゆりとしても妹にコンプレックスを持っているわけでもなく…。なんなんだ。

企画の時点ではもしかしたら活躍するキャラだったのかもしれませんが、登場人物として不要だったのでは?と思ったり。

カニバリズム回は捨て回?

ヤングジャンプが当時回収する騒ぎになった(らしい)カニバリズム回。

さゆりが生徒と共に遭難し、死んだ子供を焼いて食べちゃうという話。

ものすごく唐突に一話完結の形で単行本に入っています。


育児中の身としては辛い内容でじっくり読めませんでしたが、あまりにも前回の話と脈絡がないので、もしかしたら作者が展開に行き詰まって休載くらいの感覚で書いた話なのではと推測。


ちなみにこの話の次から中村が登場し、物語は再び動き出します。

不思議すぎる。

「マイナス」はKindle Unlimitedで無料で読めるよ!

で、現在この作品はKindle Unlimitedで無料で全巻読めます。

Unlimitedでなくても、1,2刊はKindleで5円なのでためし読みおすすめ。

度肝を抜かれますよ!

サイコギャグサスペンス(?)好きな方はぜひ。